必要な治療を受けられるかどうか
2008-04-21

マツバウンラン 小さな花ですが、風にゆらめいてとてもかわいいです。
私が今回の後期高齢者医療制度で不安になのは、医療費を押さえることだけを目的に
包括(ほうかつ)という扱いで医療を受けることが困難になると思っているからです。
これでは、難病を持っていたり、障碍を持っている人たちは
医療を受ける機会を失い、命を削り取られていくと思っています。
そして、65歳から重度障碍などの方も、自分でどの制度を利用するか選択できると言いながら
実際にはこの後期高齢者医療制度に移らないと現在うけているサービスを削るぞと
恐喝まがいのことが堂々と行われていますから
これから増える団塊の世代の方たち、障碍者、難病者を医療を受けさせないことで
衰弱させようということだと思います。
しかも、金銭的な問題で医療を受けたくても受けられないのに
受診しないのはその人の勝手だといういいわけもできますから。
今回、包括ということで全部ひっくるめて、一人の方の医療費が6000円と決められました。
ひと月に医療費を1割負担の方で600円、3割負担の方で1800円支払えば
何度病院へ行って治療を受けても、検査をしてもそれ以上負担する必要はありません。
どうでしょう、良い話でしょう?
しかし、もし、ひと月に6000円以上の治療や検査を受けなければならなくなったとき
それ以後の医療費は誰が負担するのでしょうか。
それを考えてみたいと思います。
保険診療をひと月で6000円分の治療しか受けることができないということは
6000円を検査や治療で使ってしまったけれど
もっと検査も治療も必要になる、そのとき、いったいどうなるでしょうか。
まず、考えられるのは、医療機関がそれ以後の負担を肩代わりして持つ。
これはあり得ませんよね、多くの患者さんを抱え、それらの方たちのすべての
医療費を負担するなんて無茶な話です。
自己負担。すべて保険外で自分で負担して治療や検査を受ける。
もちろん10割負担ですから、金額も半端ではありません。
厚労省が言う、負担もできる豊かな高齢者で無い限り、そんな負担をできるわけはありません。
最後は、治療を今月はあきらめて、なんとか過ごして来月まで待つ・・・です。
運がよければ、次の検査や治療で生きながらえますし
悪ければ、そこであきらめるしか無いと言うことになりかねないのではないでしょうか。
担当医という名前に変わりましたが、一人の医師が患者を担当医として管理して
総合的に身体を診てくださり、必要ならば専門医を紹介してくださる
検査もあっちこっちで同じ検査を繰り返したり、薬もあっちの病院こっちの病院で
同じような薬が重なったり、飲み合わせのある薬を飲んでしまったりがないようにと
ありがたい配慮までしてくださるこの制度ですが
実際には、上限管理が難しいので一人の医師にかかるようにさせてしまおうという
ものではないかと思います。
総合医ということで、一人の患者の投薬や治療や検査を把握する
言うのは簡単ですが、実際に多くの患者を抱えてしっかりそれをこなせる医師が
どれくらいおられるでしょうか。
しかも、専門医にかかるように指示するといって、その医師がどこまで
多くの病態を把握していて、その状態を的確に診断して、判断をくだして診療情報を書いて
患者に必要な治療を受けさせることができるでしょうか。
今から総合医を育てていくというのでしょうか。
いろいろな専門科にかからないようにさせたければ
ほかの医師を受診させたところは診療報酬を減らすと言えばいいわけです。
脅してしまえばたとえ必要と思っても『先は短い高齢者だし』『どうせ障碍者なんだから』
『治らない病気なんだから治療をしなかったとしても』と、考えて行動する医師もおられるでしょう。
そのいいわけがたつような高齢者や障碍者、難病の患者を選んだ理由がここにあると思います。
しかも、一人について上限があるなら、それを病院経営のためにと
一人の患者のひと月分を不必要な検査などで使い切ってしまうようなことも起こりうると思います。
気がつけば、良心にしたがって、肉体も精神も削るようにして患者のために働きづめの
医師たちは、やばたばた倒れて、残っているのが患者はネギを背負ったカモと思っているような
病院経営者であったりするとは思いませんか?
しかも、若い人たちの負担を軽くして高齢者は自分たちで成り立つようにと切り離したのに
信じられないペナルティを作っています。
後期高齢者医療制度の負担の内容は、高齢者の方たちの保険料だけでまかなわれません。
一割が高齢者の方の保険料
約4割が75歳未満の人たちの保険料から後期高齢者医療支援金として出されます。
そして約5割が公費(国4:都道府県1:市町村1)となります。
特定健康診査(例のメタボリックシンドロームをメインに調べる検診です)を
どれくらいの数の住民が受診するか
特定保健指導(メタボだからこういう生活や食事をしなさいという指導)を
しっかり行っているか
メタボな人間や、その予備軍をどれくらい減らしたか
などに数字で目標がかかげられています。
もし、この目標を下回ったら、75歳以下の人たちが負担する部分
後期高齢者医療支援金の負担部分を2割り増しにして若い世代の負担を
増やすぞと脅しています。
もし、ちゃんと良い子で目標を達成したら、負担分を公費からまかなうよと言っています。
(2007年11月の時点で)
これも、メタボ対策と言いながら、結局どうやっても目標を達成などできないだろうから
公費の負担分を減らせるように、ペナルティを作ったと思いませんか?
不必要な薬や治療、検査などもちろんいるわけはありません。
それをしっかり適正に行われているかを監査するような制度を作るならともかく
このやり方で、医療費は抑えられたとしても、実際には身体の状態の悪い方たちなのですから
状態の悪化などでその後がいったいどうなっていくのか
病院での長期入院の元凶扱いされている、療養病床を削減しまくって
介護や看護を家庭におしつけようということも同時進行ですから
在宅での介護や看護で、家族は疲れ切ってしまいます。
ヘルパーさんたちも安い給料では生活できず、しかも自分の家でも介護する人間を
抱えて仕事を思うようにできず、事業所はヘルパーの派遣などができません。
家族だけでの継続した介護や介助に倒れる人が続出して家庭も崩壊していくでしょう。
介護や看護のために、家族が仕事にでかけることもままならず
働くこともできなくなって、蓄えもそこをつきます。
家族自体が身体をこわし、医療費がかさんでいくでしょう。
その医療費すら支払いが困難になっていきます。
しかも、メタボなどの検査結果によっては、ペナルティで医療費がどんどん高くなるということも
あるかもしれません。
糖尿病などのメタボが原因と言われる病気では、保険が利かなくなるかもしれません。
会社ではメタボが多いからと、ペナルティで税金が会社にかけられるため
目の敵にされて、無理矢理日課に走ることを強制されて、毎日のストレスなどから
心臓麻痺を起こしてしまう可能性もあります。
働き手を失った家族には、生活保護を受けることも許されないような
環境が作られていますし、そんなひとり親の子供たちも
教育を受ける機会も医療を受ける機会すら与えられずに
命を失ってしまう子供たちが続出します。
家族の負担を考えて自分から、あるいはゴミのように捨てられて
のら老人、のら障碍者、のら病人、のら子供が
そこら中にあふれて、結果、日本自体が姥捨山ということになるのではないかなと
思っているのは、私だけでしょうか。

昼寝をしていたのに、気がつかずに近づいた私の足音で起きてこちらをにらみつけています。
^_^; すまんのう。
コメント
判らないことばかりです
ほんとうに、数字あわせに必死だから
偕子さん、ほんとうに、年金とおなじで
その時々で小手先の変更や救済措置をとって
今では社保庁の職員すら、正確に理解していない制度になっているように
今回の制度も2年の間に、内容がころころ変わっています。
市町村の担当者も把握していないというのが
実際ではないでしょうか。
その時々で小手先の変更や救済措置をとって
今では社保庁の職員すら、正確に理解していない制度になっているように
今回の制度も2年の間に、内容がころころ変わっています。
市町村の担当者も把握していないというのが
実際ではないでしょうか。
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私たちなど慢性患者にとって薬を常用することとともに大切な事は、
定期的に検査を受けることです。この検査を受けると6000円は超えます。
治療薬は副作用があるものが多く、血液検査を受けないで長く服用すると
腎臓、肝臓、胃などに悪影響が出ても判らず、他の病気になる可能性が出てきます。
私の友人の主治医は血液検査をしない方だったようで、
検査をした時には腎不全になって居て、現在は透析に通っています。
このような事にならないためにも治療と検査は必要なもので、
検査をしたから今月は薬はなしでなどというわけにも行かないですよね。
又、色々な病気を抱えていて眼科、泌尿器科、消化器科、神経内科へと通っている主人は
どの先生一人に決めろというのでしょうか。
私もリウマチの他に片頭痛の為に神経内科に行っていますが
片頭痛の薬は1か月分6個で6000円という高価なもので、
私は1割負担ですから600円ですが、その他の胃薬などはもらえなくなるのでしょうか
ぽぽんたさんに疑問を申し上げても仕方が無いのにごめんなさいね。
どこへ行って誰に尋ねたらよいものかを考えていると益々頭が痛くなります。