杏 あんず
2007-07-29

スーパーの果物売り場でアンズの実をみつけました。
なかなかこちらでは見かけないので、買い込んできました。
酸味は強いですが、生でも十分おいしい。

ナイフで種からはずしながら、大きくそいでいって
レンジでジャムをつくりました。
糖分は連れあいの食養生のために、カロリーオフの液体のものをつかいました。

アイスティをいれて、さっそくお茶にしました。
パンは強力粉:レジャンデールというハード系のものに
オートミルをたっぷりいれて、手ごねで焼いたものです。
手が込んでそうですが、2時間かからずに焼き上げています。
超本格パンが100分で焼ける!
という、田辺由布子さんの本を買って焼いています。
バターなどは量を加減したり、使わないこともありますが
レシピが工夫されていて、ハード系のパンを焼きたいけれど
手間を考えるとちょっとね、という方にはよいかなと思います。
ただ、最初の手ごねの5分と書かれた部分は
私の手首や握力の状態だと、倍はかかるかな。
のばしてたたむということになるので、足で踏むときは
こつがいるのですが、踏むと体重のおかげか(汗)
5分で十分です。
さて、選挙には行かれましたか?
今日はこちらはお天気にも恵まれたこともあるし
生活に密着した選択をする必要を感じた方が多かったからか
大変多くの方が投票所にでかけておられました。
選挙後も、厳し目をむけて、言いっぱなしを許さないように
したいですよね。
甘酸っぱいアンズのジャムをいただきながら
これからが、生活をも守るっていうことを考える正念場になるかなと思いました。
ひな鳥たちの夏
2007-07-28

しっかり成長している稲の上を、低く飛び交うツバメたち。
そのなかに、ちょっと危なそうなのがいます。
ほかのツバメにぶつかりそうになったり。

電線で休んでいるところをみると、まだくちばしが黄色。
巣立ったひなたちが、滑空の練習をしています。
親鳥がやってくると、あわててそばに集まってえさをねだっています。
スズメもですが、また模様が白っぽい幼い子たちがあつまって
グループになって飛んでいます。
この時期、ツバメやスズメが道路の透明なプラスティックの
側壁などにぶつかって命を落としているところや
カラスに襲われているところをみます。
すいすい飛び交っているようですが、卵からかえることができても
雨に打たれたり、親を亡くしたり、天敵に襲われたり
思う以上に巣立っていくひなの数が限られるのだと思います。
小さな頃から巣からおちたひなをひろってきたり
側溝などの金具や、襲われてケガをしたひなたちを手当したりしてきましたが
現在のようにネットで保護するときの約束事や知るべき情報がなくて
冷たくなったひなを泣きながら庭に埋めてやることを
繰り返してきました。
日本野鳥の会 ひなを拾わないで
足が壊死をおこして弱っていたスズメを助けたとき
ニッパーで足を切り落とすときに、自分の責任ということを胸が苦しくなるくらい考えました。
それまでに沢山の動物を飼ったり、手当してきたので
ケガの手当や、えさの工夫などもできたのでなんとか
体力を回復して、あけておいた籠から自分で飛び立ちました。
その後一年間、家の窓をつついてえさをもらいにやってきたり
短くなった片足でも、元気な姿を見せてくれました。
スズメは寿命が平均で2年ありません。
そんな事を知ることも、夏休み子供たちにとって
よい機会かなと思います。
いちじくの白味噌あん
2007-07-28

いちじくはお菓子やコンポートなどにして毎年、あれこれ
利用しますが、おかずとしても食材としてつかいます。
いちじくはレンジにかけるか、さっと薄いおだしで炊いて
皮をむいて、お吸い物のより少しこいめの味にしたところに
つけ込んで冷蔵庫へいれておきます。
白味噌を練ったものは夏はちょっと重そうですが
少し固めにしてやると、おだしを多めに含ませたいちじくと
相性がぴったりです。
いちじくの香りが淡いので、へぎゆずなどはのせずに
このままいただきます。
もっとあっさりというときは、冷やしたいちじくと
付け汁を器にとって、おかか(鰹節)をレンジにさっとかけて
香ばしくしたのをかけていただきます。
冬瓜なども、薄味の下地につけ込んで冷蔵庫にいれておくと
味がしみこんで、おひたしや、あんかけなどに使えます。
食感は、甘いやわらかな、おなすという感じでしょうか。
いちじく、買いに行くとちょっと値段がねえということが
多いのですが、1パック買うとあれこれ使って満足しています。
天使の髪
2007-07-26
capelli d'angero 天使の髪という極細のパスタでつくったランチです。

現在、ぽん家では昼間にボリュームある食事をして
夕飯をごくごく軽くしています。
以前は仕事の関係もあって、午後10時を過ぎて夕飯ということも多かったのですが
この一年ほど、お昼をメインにしています。
今日はカペリーニの冷製パスタ。
フルーツトマトを奮発して、塩こしょうとオリーブオイル
ニンニクと仕上げにバルサミコを振っています。

マグロのすき身が安かったので、生ハムとイチジクを添えて
塩こしょうとブドウ酢、オリーブオイルでいただきました。
お皿の上で味付けして、そのまま冷蔵庫でしっかり冷やしておきます。
明日は残りのイチジクを白味噌で和風にと考えています。
麻のランチョンマットにのっかっている緑の葉っぱは
連れあいが拾ってきた、オリーブの葉です。
オリーブの葉というと、細長いものですが、一割くらいは
このハート形になっています。
(^.^)
恋が実るとかいうお話もあるようですが、一割だと
案外見つけることは簡単だから
恋が実ったあとをどうしていくかが、やはり難しいんでしょうね。
(苦笑)
MOYA'S PAGEのmoyaさんの画像掲示板で
育てておられるイチジクでつくったワイン煮というお話があって
ぽん家のイチジクは
盆栽として売られていたのですが、育て方の性か
我を忘れて大きくなったけれど
食い意地のはった私の視線をチクチク感じてるらしくて
危険回避のためか、実だけ大きくならないので
ちょっと恨めしげに眺めながら、買い込んできました。

1メートルを超えたんですが、実は3センチを超えません。
今日はお天気崩れる予想がはずれて、日差しがきつい
一日になりました。

現在、ぽん家では昼間にボリュームある食事をして
夕飯をごくごく軽くしています。
以前は仕事の関係もあって、午後10時を過ぎて夕飯ということも多かったのですが
この一年ほど、お昼をメインにしています。
今日はカペリーニの冷製パスタ。
フルーツトマトを奮発して、塩こしょうとオリーブオイル
ニンニクと仕上げにバルサミコを振っています。

マグロのすき身が安かったので、生ハムとイチジクを添えて
塩こしょうとブドウ酢、オリーブオイルでいただきました。
お皿の上で味付けして、そのまま冷蔵庫でしっかり冷やしておきます。
明日は残りのイチジクを白味噌で和風にと考えています。
麻のランチョンマットにのっかっている緑の葉っぱは
連れあいが拾ってきた、オリーブの葉です。
オリーブの葉というと、細長いものですが、一割くらいは
このハート形になっています。
(^.^)
恋が実るとかいうお話もあるようですが、一割だと
案外見つけることは簡単だから
恋が実ったあとをどうしていくかが、やはり難しいんでしょうね。
(苦笑)
MOYA'S PAGEのmoyaさんの画像掲示板で
育てておられるイチジクでつくったワイン煮というお話があって
ぽん家のイチジクは
盆栽として売られていたのですが、育て方の性か
我を忘れて大きくなったけれど
食い意地のはった私の視線をチクチク感じてるらしくて
危険回避のためか、実だけ大きくならないので
ちょっと恨めしげに眺めながら、買い込んできました。

1メートルを超えたんですが、実は3センチを超えません。
今日はお天気崩れる予想がはずれて、日差しがきつい
一日になりました。
初盆
2007-07-17

稲がぐんぐん育って、気がつくとぽんぽこ山のまわりの田んぼは
風で稲がなびくほどになっていました。
今年はトンボをおいかけてまわる元気もないので
たまに出会えたら幸運かなと思っています。

地震で亡くなった方の多くが高齢者であることや
古い重い瓦屋根の家屋が倒壊しているのをみると
いやでも阪神の大震災を思い出します。
地震のあとすぐにはいった神戸から帰ってから
しばらく、瓦屋根の下を歩くのが怖かったです。
人口の密集地であったり、炊事などをする時間帯だったり
都市でこういった災害がおこれば、連鎖する被害は
ひろがる一方になりそうです。
焼け跡のにおいや胸が詰まるような思いは
きっと、忘れることができないと思います。
私の実家では父の初盆を迎えるので、盆灯籠をと勧められたのですが
たいそうなものを飾るよりはと
小さな電気の回り灯籠を購入しました。
和紙に朝顔、桔梗、小菊などが描かれている四角いあんどんのなかで
透明な筒状のフィルムが小さな電球で温められて、くるくる回ります。
ろうそくでは危険なので、電気のものにしましたが
これなら、母ひとりの夜もかわいい明かりで楽しめそうです。
筒状の透明なフィルムに丸い色がついた水玉が描かれていて
それがくるくるといろいろな色の光になって
外側の花が描かれた和紙にうつります。
お盆に回り灯籠をというのは、きっといろんな訳があるんでしょうが
走馬灯(そうまとう)のように思い出すという言葉もあるので
亡くなった人を偲ぶのにはちょうどよいかもしれません。
弟が亡くなってからずっと、お盆のはじめには
迎え火代わりに玄関先で、線香花火に火をつけます。
今年は、送り火は母とふたりで京都の大文字を眺めにと思います。
被災した方たちが、少しでも通常の生活を早く取り戻してくださるように願っています。
颱風
2007-07-14

昨日から淡路島を訪れていたのですが
颱風においやられるように、今日、帰ってきました。
いつも穏やかな瀬戸内の海しかみていないので
今回は颱風の被害が、多いことを初めて体験しました。

災害やなにか突発的に事があると、いろんな人との関わりや
普段は気がつかない沢山のことに気がつきます。
若葉さんが二つの誕生日の記事にコメントを書いてくれました。
『お誕生日・・生まれた時は人生の中で
最小の人数の人に喜んでもらった・・
だんだん人の輪が大きくなったわ。』
ほんとにね。
私は偶然、それもほんとうに信じられない偶然から
生まれてくる命を考えると、生まれた限りはどんな環境や
いろんなことがあったとしても、苦しむ、楽しむ、悲しむと
沢山楽しみたいと思っています。
そして、誕生日を重ねていくごとに、自分がどれだけ力足らずで、物を知らなくて、いい加減かとかいつも実感するようになって、その結果、生きていることを支えてくれているいろんな人たちに感謝するようになりました。
それは、何か実際にしてくれたという相手だけではなくて。
ありがたいって言葉は、身にしみてうれしいという意味がありますよね。
ぬらした布の先を染料につけると、布の内部にまでしみこんでいくのをみているとその語感がよくわかります。
けれど、折りたたんで染めたり(夾纈(きょうけち)といって
板染というたたんだ布を板で挟んでそめます)
糸でしぼって染めたり(纐纈(こうけち)は絞り染です)
また、蝋やのりなどで染め色が入り込まないようにして
その重なったぶぶんや、糸で絞り込まれたところ、のりや蝋をおいたところは、染料がしみこまずに染めることができません。
染めものはこれを利用できますが、思いが届かないって
そんな感じなのかもしれません。
ばかの壁ではないですが、思いや行為を受ける方も準備がいるかな。
染料がしみこむためには
やはりいろんな下準備があります。
生地ののりをおとしたりすることや、染料を選び、その染料が発色する環境をつくったり、染めた色を落ちにくくしたり。
コミュニケーションをとるのに、人って言葉や態度や五感や何もかも使って
はじめて伝えられるということなのかなと思ったりしています。
相手の思いを受けるときも、そういったものをフルに使わないといけないのでしょうねえ。
と、最近、なぜ思いが伝わらないのかなあと思うことが続いて
こんな事を考えていました。
なんだか、颱風に明日は家に閉じこめられそうなので
積ん読になっている本を、読んでみようかなと思っています。

雨のなか
2007-07-11

ブロック塀の上で何かにおいをくんくんしている、にゃんこ発見。

カメラを構えると、誰なんだよってのぞき込んできました。
雨が続いている地方の方は、被害など大丈夫でしょうか。
MOYA'S PAGEのmoyaさんのところも、大雨大風に見舞われますよね。
皆さんも足下など気をつけてくださいね。
私は雨降ると、マンホールのフタや道路のペイントやと
身体を支えられずにこけるところが多くなるので要注意です。
山の手入れがおろそかになったり、治水名目で工事が進んで
かえって水害が増えていますが
鉄砲水など、災害は何もかも飲み込んでしまいます。
今回も避難の指示が適切だったかどうかなど
検証してしっかり対応することが必要になりそうなことが
沢山あったようですね。
先ほども、濁流に呑み込まれた役場の職員の方の報道をしている人の
後ろを流れる川の勢いは、近くにいることが危険な状態と
キャスターから中継の中断を指示する場面がありました。
いつも台風などで吹き飛ばされそうな記者などを
おもしろ可笑しく取り上げる番組を見ると、そのテレビ局の姿勢が信用できないなあと思うんですが。
こういった判断も必要ですよね。
その前に職員の方が危険な状態ではなかったなど
検討されて、こういったことが起こらないようになるとよいのですが。

スズメが小さなカナブンを捕まえて、悪戦苦闘していました。
雨の時期はのらねこなどの動物や昆虫にとっても
生きていくの、大変な時期ですよね。
巣立ったばかりの若い鳥のひなたちも、やっと独り立ちして
この梅雨を乗り切きってくれるといいな。
春花秋遠・冬鳥夏叢
Duckieさんのページのちいさなツバメの写真、大好きです。
2つの誕生日
2007-07-07

今日は七夕。
7月7日に彦星と織り姫が逢瀬を楽しむからこそ
やぼな視線を避けるための雨模様だったりするのかしらと想像しますが
お話だと雨がふると川の水かさがまして
ふたりは岸でお互いに見つめ合うだけで袖を涙で
ぬらして過ごすようです。
カササギが見かねて羽を広げて橋になるということですが
私にはカササギって姿ににないどう猛さという感じがあるので
ちょっと意外な気がします。
涙雨で九州など大雨の地域の方に被害がひろがらないとよいのですが。
水まんじゅうの素に抹茶をいれて、甘みはわずかだけ。
それに、小豆の甘煮と赤エンドウの炊いたのをいれてみました。
水出し緑茶が甘みがあっておいしいです。
私はみつ豆の赤エンドウとか好きなんですが
なかなか手に入りませんでした。
パンの材料を購入しているクオカで乾燥した状態で販売がはじまってからずっと買い込んで
塩をきかせて炊いて冷凍しています。
ちょっと塩気があると、甘みが極力おさえてつくった和菓子も
おいしくいただけます。
水出し用の茶葉は買ったことがないので
いつも普通のおちゃっぱに水をいれて、冷蔵庫に。
氷で入れるとおいしいのですが、これは茶葉自体
張り込んで買い込んだものでないと、今ひとつかなあ。
お菓子をつくったのは、連れあいの年に2回ある二度目の誕生日だからです。
事故にあって生死をさまよった日なんですが、頚髄損傷の
友人たちも受傷した日を、そう呼んでいます。
生まれ変わった日というより、以前の自分とは違うということを
しっかりとらえて、それ以後の現在の自分という感じでしょうか。
病気や障碍による自分の身体の状態を認めるということは
医療や科学や技術やと、ありとあらゆることで
どうしようもないことがあると認めることだと思います。
そして残ってるいろんな機能や、どんな状態であっても
自分自身であることに感謝できることかなと思います。
受け止め方は人それぞれで当たり前ですし
よく言われる病気や障碍の受容ということが
私にはちょっと理解できません。
生きているといろんなことがありますから
死をを迎えるその日まで、こけつまろびつ、試行錯誤で
あれこれやって、後悔もするし、落ち込んだり喜んだり
繰り返していくのなら
何も障碍や病気だけを受け入れるということではないかなあと思っています。
連れあいの事故にあった日から私と出会うまでも
いろんなことがあったと思います。
それを私が一緒に感じることはできないし、体験もできません。
けれど、こうして2つ目の誕生日として迎えることができる
彼と出会えたことに、感謝したいと思っています。
七夕は連れあいにとって、そして私にとって、大切な日です。
汗をかきかき足でふみふみ
2007-07-05

久しぶりにうどんを打ってみました。
二人だけなので、少ないから足でふんでちょうどよい運動。
天然塩をといた水でうどん用の粉を練って
寝かせて、足でふんづけて。
テーブルと椅子をもって身体をささえて。
生地をつつんで足でふむんですが、パン用のコーティングした
布をつかっています。
大きさが使いやすいのと、以前、厚手のビニール袋にいれて
踏んづけているときに、すってんころりんこけた上に
テーブルの角に手首をぶつけて、しばらくものが持てないことがありました。
まあ、少しは学習してこのこねこね用のシートで
なんでも足でふんづけています。
案外、よい運動になるんです。
今日はざるでいただきました。
(ちょっとぶっとくしすぎたので、飲むなんて
無謀なことができず、噛んで食べると小麦の味と香りを再認識。
転んでもただで起きない。)
夏になると私はお茶漬けが一番好きなんですが
家が暑すぎてぬか漬けを常温でおける場所がないので
冷蔵庫にいれています。
そのため、混ぜたりつけ込んだりのたびに
『ぎゃあああああ』『いたたああ、いたあああい』と
阿鼻叫喚(あびきょうかん:阿鼻地獄の苦に堪えられないで泣き叫ぶさま・・・
こういった字は字自体がその雰囲気ありますよね。)
レイノー症状(四肢末端の小動脈が発作性攣縮・・・
つまり、冷たいものをさわったり、精神的なストレスから
末梢動脈のけいれん(収縮)や、毛細血管、小静脈の拡張からおこる
うっ血などで指の色が変わって
痛みやしびれがあります。)があるので
食べるためには手をぬか床に突っ込みますが
そのたびにうなったり、叫んだりしています。
そんなむりするなら、あきらめたらと言われますが
ぬか漬けがなければ、夏なんて乗り切れないと
今日も今日とて、ぬか床を冷蔵庫から取り出します。
今日はつゆの中休みで上天気です。
明日からまたつゆ空にもどりそうですが
どうぞ、皆さんも体調に気をつけて。
なんとか夏をのりきまっしょい。
愛って
2007-07-04

へろはるさんのブログでばーさんがじーさんに作る食卓という
ページの紹介がありました。
ページをのぞいて、おいしそうな花卷
(写真の上部にある白い巻きパンのようなのです)
だなあ、なんだか豊か(ふっくらした感じかな)なブログだなあって思います。
わがままじーさんに、愛情たっぷりそそぐばーさんの
料理は、健康に配慮されていてとてもおいしそうです。
もっとも、じーさんも自分で作れよって^_^;思う私ですが。
私自身は料理も遊びのうち、化学の実験の延長のようですきなのですが
体調が悪かったり、手順をうまく考えられない、うまく動作ができないというのがあって
以前のように這ってでもつくるぞっていうことはなくなりました。
連れあいが頸損で運動できないために、消費するカロリーが
わずかということで、食事に対する制限などがでてきたことで
ここぞと工夫すればいいんですが
頭を持ち上げるのも辛いという時や
ほんとうに何もしたくないという時
実際に身体が動かない時に
何もしないで平気だというように、訓練の甲斐あって(苦笑)
自分でやり過ごせるようになったことが
這ってでもってことをしなくなった大きな理由かなと思います。
何についてもそうなんですが、自分がそれをしなければ
しないことが結果的に苦痛だということってありますよね。
人によってその対象が違うでしょうし
私の場合はそのまま見過ごすことで、後で相当長い時間いろいろな思いを引きずったりすることが多かったので
体力を考慮せずにやれるときはなにしろやるという生活を続けていました。
そういった負担などが重なった結果が現在の病気を
発症させた原因かなとも思うんですが
それをさせる体力もあったということでしょうねえ。
愛情をかけるという言葉は、相手にというより
愛情をかけている自分に対する評価という感じがするんですが
どうでしょうか。
それに、愛していると(これは子供や大人、色恋以外でも)言うことは、まるのまま相手のことが好きっていう気がするので
どんなわがままじーさんだろうが、うちの連れあいのようにヘンコ(偏屈で頑固って感じかな)であろうが
一切がっさい、気にくわないところもふくめて
好きだっていうことなので、身体も動くという感じなのでしょうねえ。
実際の私はとても照れ屋なので、口が裂けてもあなたが大切なのだということは言えないのですが
連れあいと一緒におじいおばあになりたいと切に思います。
どんな形にしろ、誰にも別れがやってくるのだし
それがとても納得できないような状態であるかもしれないのは
病気などがあって症状が進行する場合、考えなくても可能性として現実がそこにあります。
死別ではなくても、今の福祉や医療環境では、障碍が進んだ医療ケアの必要な夫婦が一緒に生活することを望むことは
とても難しいです。
でも、不安と取っ組み合って大切な時間を使い切ってしまうより今この毎日を大事にと思います。
おいしそうな、そしてとても豊かなブログをみながら
少し、胸がしくしくしたのはこんな理由からでした。

