記憶の引き出し
2008-05-07

つめたいおぜんざいを作ってみました。
日中はほんとうに初夏を通り越して、真夏のような気温ですが
湿度が高くないので、まだ過ごしやすいです。
一回分ずつ冷凍にしている小豆のあんこを使い切ろうと
今回はおぜんざいにしました。
団子粉に白玉を混ぜた団子もいれて。
NHK プロフェッショナル 仕事の流儀
という番組をたまに見ています。
今回は「脳活用術スペシャル」というのをやっていました。
通常の番組とちがって、視聴者が集まっていて脳についての話しでおもしろかったです。
「鶴の恩返し勉強法」といって、目で読み、手を動かし、音読しながら
記憶していくという方法など、勉強ができるようになるかどうかは別にして
通常の生活をしていたら、それなりに脳を使っているということが
違うんだろうなあと思う内容でした。
実際に書くことで覚えるというのは、きっと誰もが経験していると思います。
私は今はキーボードばかりですが、吸収したいなと思う本を一冊書き写したり
図書館から持ち出し禁止・コピーも高額になるという本を
まるまる写したことなどがあって、今でもそういったものは記憶の引き出しから
引っ張り出してこれるんですよね。
歌などもまったく歌うことが無くなっても、きっかけがあれば
歌うことができたり、記憶するために脳にとって必要な要素が
いろいろあるんでしょうねえ。
そして一番興味深かったのが、集中力でした。
質問された方も、実際にやってみるのは難しいと話しておられましたが
どうしても、やっていることを中断しなければならないとき
そこからまたすぐに立ち上がりをなるべく早くできるようトレーニングするという内容です。
トレーニング内容は、どんな短い時間にもスイッチをいれて仕事をして
それを何度も繰り返すことで、スイッチがきれてもすぐにまた入れることができるような回路を
脳に作ってしまうというものです。
そのためには、考えるということだけをするのではなく、行動を伴って行うことというお話でした。
脳トレーニングの話にもつながりますが、脳は深刻な話だろうが難しい話だろうが
考えているときには、あまり活動していません。
そのため、脳トレでは短い時間にかんたんな数字の計算を行ったりすることで
脳の多くの部分が活動しているということを利用しています。
認知症の方が、実際にこれをしているところをテレビで拝見しましたが
脳を活動させることの効果や、計算ができることでおきるやる気など
その表情が生き生きと変化する様子がでていました。
自分の生活を考えても、脳を使っているようで実際には同じ動作を何も考えずに
行っている部分が多いのかなと思います。
人の身体が動かないことで廃用症候群を起こしてしまうことを考えると
脳も同じかもしれません。
最初の脳出血やけがや病気などの原因から
二次障害は精神的なものにまでなりますから、それをどうやって予防するかが問題になります。
自分の生活のなかで、あれこれ起こる問題に対して
メモであったり、地図であったり、チェックシートであったりを利用していますが
どこまで効果があるかどうかではなく、生活を守るということで
脳トレを毎日やっています。
問題は集中できないということですねえ。
以前の自分が仕事をしたり、本を読んでいたときのように
物に対する意識や注意を向けることが、ほんとうに難しいと感じます。
そのためにも、短時間で計算を繰り返すことや、短い時間でも何かを
することなどをやってみようと思います。
だんだん山積みになっていく机や、洗濯物の山や本の山をみていると
なぜこれができないのかなあと、ふしぎになります。
疲労感などでできないのではなくて、それに集中できないという感じかなあ。
^_^; 衣替えしてひっぱり出している衣類。
この部分をこの時間に済まそう。まずは、そこからですね。

なにわいばら
身体で覚えること、脳が覚えること
2008-04-29
今、ひさしぶりにビル・エバンスのYou Must Believe In Spring のCDを引っ張り出してきました。
昔のものはレコードで購入したものが多く、このレコードも30年も前の物です。
気に入ったものだけ、CDで買い直したりしていますが、今はCDさえ山積みになって
それぞれ、ぼちぼち処分しています。

ベニカナメモチの花です。今、垣根などのカナメモチの若葉が萌えるように赤いです。
Miquette’s assortment みけこの詰め合わせ
三毛子さんがテルミンでこの曲を弾いていたので
思い出したように引っ張りだしてみました。
三毛子さんの演奏は音楽+αけちつけ帳やまもと・じゅんさんのピアノとのデュオです。
あ、そうそう(^.^) うさのテーマ(へろはるさんのイラストに)という曲があります。
へろはるさんとのコラボです。
話をもどして
とても叙情的な曲ですが、私にとっても、ちょっと辛い曲であったりします。
ミシェル・ルグランの作曲で、一時日本でポピュラーミュージックや映画音楽というと
彼の曲がよく流れていました。
この曲が入っている『ロシュホールの恋人たち』より、『シェルブールの雨傘』のほうが
知っている方も多いかなあ。
時が経てば季節は移ろっていく。
それを信じなさいと言っても、実際に来年の春、そこに私自身がいないとして
ふしぎでは無いのだと、この曲を聞いたときに思いました。
枝から枯れた葉が落ちることも、春に新芽を芽吹かせるために大切なことで
姿をけしてしまった虫も、土の中や樹皮の下で卵やサナギや成虫のまま
冬をやり過ごして春を待っていますものね。
春がこない冬なんて無い・・・けれど、誰もが春を迎えるかといえばそうではない。
この曲をビル・エバンスのトリオで聴いたとき
彼自身について何も知らない時でしたが
そのとき感じた、とても流れの良い曲なのに耳にすると辛いと感じるその感覚が
同じようにというか、本当は同じでは無いのでしょうが
記憶というより、体験としてよみがえってきました。
それは、ちょうど辛い体験をしていたことから反応していました。
最近、パソコンなどのタイピングをしているときに
指がうまく動いてくれずに、ミスをすることが多くてじれったくなるのですが
そのときに、同じフレーズをタイプするときまったく間違えないというか
ミスなく打てることに気がつきました。
指が覚えているという感じかな。
以前、小さな子供たちにボランティアで折り紙を教えていたことがあったのですが
折り紙もふしぎなのですが、指が覚えていて折れるということがあります。
自然に紙をたたんでいくことができるというのも
ほんとうは脳が覚えているんだと思いますが
身体が体験して覚えているということを実感します。
記憶自体にいろいろな種類があって、すぐ消えてしまうものや
長く覚えていることができるものなど、沢山がくみあわさって記憶が成り立っているようです。
沢山の入れ物の中に、すぐに忘れてしまうことを入れる物
ちょっとだけ、長く覚えておくための入れ物
なかなか忘れない物が入った入れ物があるんでしょうねえ。
フラッシュバック(過去の強烈な体験が突然脳裏によみがえる)などの状態になるのは
その記憶が、何かをきっかけに呼び戻されるものですが
忘れるということも、とても大切なことなのだと思いますね。
それは、深い痛手を負った人を救う大切な機能ですものね。
けれど、忘れるということも必ずしも人を救わないというのは
いろいろな記憶の種類があるためかなと、ビル・エバンスのゆるやかな自殺といわれた
生涯を思い出してしまいました。

わすれな草 私を忘れないで
昔のものはレコードで購入したものが多く、このレコードも30年も前の物です。
気に入ったものだけ、CDで買い直したりしていますが、今はCDさえ山積みになって
それぞれ、ぼちぼち処分しています。

ベニカナメモチの花です。今、垣根などのカナメモチの若葉が萌えるように赤いです。
Miquette’s assortment みけこの詰め合わせ
三毛子さんがテルミンでこの曲を弾いていたので
思い出したように引っ張りだしてみました。
三毛子さんの演奏は音楽+αけちつけ帳やまもと・じゅんさんのピアノとのデュオです。
あ、そうそう(^.^) うさのテーマ(へろはるさんのイラストに)という曲があります。
へろはるさんとのコラボです。
話をもどして
とても叙情的な曲ですが、私にとっても、ちょっと辛い曲であったりします。
ミシェル・ルグランの作曲で、一時日本でポピュラーミュージックや映画音楽というと
彼の曲がよく流れていました。
この曲が入っている『ロシュホールの恋人たち』より、『シェルブールの雨傘』のほうが
知っている方も多いかなあ。
時が経てば季節は移ろっていく。
それを信じなさいと言っても、実際に来年の春、そこに私自身がいないとして
ふしぎでは無いのだと、この曲を聞いたときに思いました。
枝から枯れた葉が落ちることも、春に新芽を芽吹かせるために大切なことで
姿をけしてしまった虫も、土の中や樹皮の下で卵やサナギや成虫のまま
冬をやり過ごして春を待っていますものね。
春がこない冬なんて無い・・・けれど、誰もが春を迎えるかといえばそうではない。
この曲をビル・エバンスのトリオで聴いたとき
彼自身について何も知らない時でしたが
そのとき感じた、とても流れの良い曲なのに耳にすると辛いと感じるその感覚が
同じようにというか、本当は同じでは無いのでしょうが
記憶というより、体験としてよみがえってきました。
それは、ちょうど辛い体験をしていたことから反応していました。
最近、パソコンなどのタイピングをしているときに
指がうまく動いてくれずに、ミスをすることが多くてじれったくなるのですが
そのときに、同じフレーズをタイプするときまったく間違えないというか
ミスなく打てることに気がつきました。
指が覚えているという感じかな。
以前、小さな子供たちにボランティアで折り紙を教えていたことがあったのですが
折り紙もふしぎなのですが、指が覚えていて折れるということがあります。
自然に紙をたたんでいくことができるというのも
ほんとうは脳が覚えているんだと思いますが
身体が体験して覚えているということを実感します。
記憶自体にいろいろな種類があって、すぐ消えてしまうものや
長く覚えていることができるものなど、沢山がくみあわさって記憶が成り立っているようです。
沢山の入れ物の中に、すぐに忘れてしまうことを入れる物
ちょっとだけ、長く覚えておくための入れ物
なかなか忘れない物が入った入れ物があるんでしょうねえ。
フラッシュバック(過去の強烈な体験が突然脳裏によみがえる)などの状態になるのは
その記憶が、何かをきっかけに呼び戻されるものですが
忘れるということも、とても大切なことなのだと思いますね。
それは、深い痛手を負った人を救う大切な機能ですものね。
けれど、忘れるということも必ずしも人を救わないというのは
いろいろな記憶の種類があるためかなと、ビル・エバンスのゆるやかな自殺といわれた
生涯を思い出してしまいました。

わすれな草 私を忘れないで
毎日、毎日おいらは・・・・
2008-04-19

一日、ぐだぐだしていたので、クレープを久しぶりに焼いてみました。
オレンジを炊いたものと、レモンの甘煮を冷凍してあったのと
清美オレンジがもう、ミイラになるかもとということで^_^;
ソースは大人のオレンジソースに。
耐熱ボールにオレンジの炊いたん、レモンの甘煮、しぼったオレンジジュース
をいれて、カルバドス(リンゴでできたブランデー)を多めにいれてチンしてあります。
レモンのわずかな苦みと、オレンジの食感と、ジュースの香りがたって
なかなかの物でした。自画自賛。爆!!
4月にはいってすぐに川島隆太教授の脳力トレーナーを始めました。
ほんとうに、単純な一桁の計算や文字の認識や数字を覚えるなどですが
20日ほど経って、できない部分がはっきりグラフにでてきました。
私がちょっと計算が怪しいのかなと思ったのは
買い物からかえって財布を開けると、小銭ばかりがやまほどになっていました。
レジでお金を払うときに、支払うお金と釣り銭を計算して
あまり小銭にしてしまわないようにという行為ができなくて
面倒でお札を出していたんです。
この脳トレーナーは、単純計算などをできるだけ早く行うことで
脳を思い切り働かせて、機能を落とさないというものですが
興味のある方は↓をどうぞ。
川島研究室
すぐに、結果がどうこうではないですが
なにしろ、身近で脳が萎縮していく父をみていて気がついたことがあって
まずは、現在はっきりしている脳の機能のことなどを少しずつでも
活発に動くようにと思っています。
実際に生活するうえでは、生活する手段としてメモや写真、パソコンの日記や計画表のソフトを
利用していますが、本を読んで考え、料理をあれこれすることで考え
できるかぎり、立ち上がるのも面倒という自分の心の声をはじき返して
動くようにしています。
悩んで考え込んでいるとき、脳があまり働いていないとか
難し計算をといているときは、部分的にしか働かないとか
自分の感覚とは違いますよねえ。
思い切り脳が働いているとおもったら、違うんだあというのが感想です。
脳の重さが体重の2%しかないのに、エネルギーの消費は20%ということは
脳にしっかり働いてもらったら、カロリー消費にもなるかな。
グルコース(ブドウ糖)しか栄養にできないということなので
しっかり栄養をとってもらって、働いてもらわないとと考えてますが
自分がおいしいから、あれこれ食べているって、カロリー取りすぎかしら。(^^ゞ

ハコベの花です。花弁は沢山にみえますが、5枚です。
壊れた脳 生存する知
2008-04-05

すずめが一輪ずつついばんでは、くるくるおちてくるさくらとは別に
風にふかれるたびに、花びらが舞い始めました。
ぽんぽこ山は明日もお天気ですが、お花見も明日がピークかな。
タイトルの「壊れた脳 生存する知」は、ドラマでもごらんになった方がおられるかもしれません。
壊れた脳 生存する知 山田規畝子(やまだ きくこ)オフィシャルサイト
数度にわたる脳出血と脳梗塞によって、高次脳機能障害になった女性整形外科医です。
現在はリハビリによって、福祉施設長として復帰されていますし
高次脳機能障害のリハリを扱う書籍の執筆や講演を行っておられます。
脳が病気や外傷でダメージをうけたとき、その後遺症としてあらわれる症状は
とても多様です。
記憶ができない、数字や文字を理解することができない、服を着ると言うことができない
性格がかわってしまう、物をまともに見ることができないなど
生活をするのにも大変苦労することになります。
周りの人たちにとっても、形に見える障害ではないために
実際に生活にも支障をきたすような変化に戸惑いますし
病気だという認識があったとしても、わざとできない振りをしているのではないかと
思うしかないほど理解されにくい障害になります。
肉親や身近な人間だからこそ、その行動や変化にいらだったり
しかりつけたり、とがめたりします。
そうすると、ますます患者は孤立します。
そして何より高次脳機能障害が辛い部分は、知能の低下がひどくはないため
できなくなった自分、おかしな行動をする自分を理解していますし
そんな行動によって戸惑い、いらだつ周りの人たちのこともわかることです。
山田さんも書いておられますが、それが辛いのです。
なぜこの本を取り上げたかというと、私が自分の理解力や性格、そして眼科では
理解されなかった見るということの異常などを体験して
自分自身に変化が起こっていると気がついたとき
病気から脳に病変がおこりそこから信じられないような自分の変化が
起こっているのだと理解できたからです。
とても軽い症状ですが(本人がそう考えているだけで
連れ合いなどはとても不安な顔をするときがあるので
もしかしたら、ひどのかもしれません 爆!!)
実際に自分で戸惑うことが多いのです。
高次脳機能障害という後遺症を、私は知人の交通事故関連で
相当早い時点でその名前を知っていましたし
若い患者さんたちの家族会なども知る機会を持っていました。
事故などでなった状態でも、保険会社のみならず、家族や医療関係者も
その信じられない状態が、脳からのものであるとなかなか認めてはくれないということも
よく耳にしました。
手足を折ったとか血をながしているということではないため
目に見えないその障害を理解してもらうこと自体がとても難しいです。
山田さんは高次脳機能障害のリハビリを試行錯誤することで
この障害のリハビリを書籍にまとめておられますし、私も毎日のなかで参考にしています。
「回復への過程は2年すぎてもなお続く」
この言葉によって、リハビリに上限をつけて患者から大切な医療を取り上げようとする
厚労省がどれほど病気や患者をまったく見ていないか
深い考えなどまったくなく、やり方や結果について十分考えなどしていないということを
よく理解できます。
少しずつですが、私自身である脳と私の心について、ぼちぼち考えたり
していきたいと思います。
病気からくる慢性の疼痛や辛い身体の症状などはおもしろくもないし
つきあいたくもないのですが、この自分自身の脳で起こっていることは
とても興味深くて、こうして考えたり、キーボードを打つこともリハかしらと
ブログでとりあげていくことにしました。
記憶ができない、物が普通に見えない、数字や文字を理解することができない
感情をコントロールできない、そういった障害ということだけではなく
心と脳のことや、興味があるあれこれを考えていきたいと思います。

